第2回コンサート プログラムノート(執筆:伴野涼介)

W.A.リュートゲン/4本のヴァルトホルンのための四重奏曲 op.19

Wilhelm Anton Lütgen/Quartett für 4 Waldhörner      

  1. Poco Adagio  2. Larghetto - Allegro vivace assai  3. Romance, Poco Adagio  4. Alla Pollacca

 

 ヴィルヘルム・アントン・リュートゲン(1781-1857)の人生はほとんど明らかになっておらず、その名前は作品のみによって知られています。この曲は彼の作品の中でも最も有名なもので(たぶん)、よく演奏、録音などされているのでご存じのホルン吹きの方もおそらく少なくないでしょう。

 ナチュラルホルンのための曲かヴァルブホルンのための曲かはっきりはしておらず(調の指定はなし)、楽譜は一見ナチュラルホルンには困難そうに見えるものの、同時代のカール・エーストライヒ(Carl Oestreich 1800頃-1840)やジャック=フランソワ・ギャレー、ゲオルグ・コープラッシュ(Georg Kopprasch 1800頃-1850頃)の有名な「低音ホルンのための60の練習曲 op.6」などの楽譜と見比べてみるとナチュラルホルンの用法の範囲内であるようにも思えます。

 

A.リヒター/3本のホルンのための6つの小品

Anton Richter /6 Stücke für 3 Hörner

  1. Adagio  2. Allegretto vivace  3. Tempo di Minuetto  4. Allegro molto 5. Adagio  6. Allegro vivace

 

 アントン・リヒター(1802-1854)はブラームスの交響曲やワーグナーの「ニーベルングの指環」などを初演したかの有名な指揮者のハンス・リヒター(1843-1916)の父親です。アントンは、1825(1822?)年から1832年までエステルハージ宮廷楽団でコントラバス奏者を務めたのちにラープ(現在のハンガリーのジェール)の大聖堂の合唱隊長となり、器楽曲や歌曲、教会音楽などを作曲しました。

 ナチュホ東京第1回演奏会でも取り上げた彼の「4本のホルンのための6つの小品」はホルンアンサンブルのスタンダードなレパートリーになっていますが、今回の「3本の」方が取り上げられることはほぼありません。しかしやはりシンプルにホルンらしさを味わえる曲で、今後演奏される機会が増えることがあると良いですね。

 

A.ライヒャ(レイシャ)/24の三重奏曲 op.82 第2集(第7〜12曲)

Anton Reicha(Antoine Reicha)/24 Trios für 3 Hörner op.82  2.Heft(Nr.7-12)

 7. Variations sur l'air Charmante Gabrielle  8. Canon a 2  9. Rondeau, Allegro  10. Allegro 11. Allegro  12. Minuetto, Moderato assai

 

 日本ではドイツ名表記のアントン・ライヒャ(1770-1836)という名が一番馴染みがあるかもしれませんが、生まれはプラハでチェコ名ではアントニーン・レイハ(Antonín Rejcha)、帰化した(1829年)フランスではアントワーヌ・レイシャ(Antoine Reicha)となります。ライヒャは10歳頃に孤児となり、引きとられたチェロ奏者の叔父のもとで音楽の教育を受けました。1785年にはボンのケルン選帝侯マクシミリアンの宮廷楽団のフルート奏者となり、そこで同い年のベートーヴェンと出会います。のちにハンブルクやウィーンを経て1808年にパリに移り、1817年からパリ音楽院の作曲科の教授となりました。フランツ・リストやエクトル・ベルリオーズらが彼のもとで学んでいます。

 「24の三重奏曲」は4冊(それぞれ6曲ずつ)に分けられる形で1815年にパリで出版されました。ライヒャはホルンのヴィルトゥオーゾであり教師のルイ=フランソワ・ドープラ(Louis- François Dauprat 1781-1868)に勧められてこの曲を書き、また作曲するにあたりドープラからホルンの技術的な面での助言なども受けました。ライヒャの「ホルンと弦楽四重奏のための大五重奏曲 op.106」がドープラのために書かれていたり、ドープラのホルン三重奏曲(ナチュホ東京第1回演奏会で取り上げた)にライヒャの助言があったりと、二人のやりとりは多かったようです。

 

J.-F.ギャレー/2本のホルンのための二重奏曲 より 

Jacques-François Gallay/Duos pour deux cors

 No.1. Allegro moderato No.2. Allegro moderato No.3. Andante con moto  No.4. Allegretto

 

 ジャック=フランソワ・ギャレー(1795-1864)はフランスのペルピニャンに生まれ、ホルン奏者の父親からホルンを習いました。1820年にパリへ移り、パリ音楽院の教授であるルイ=フランソワ・ドープラのもとで学んでいます。パリのイタリア座と1828年から1847年までパリ音楽院管弦楽団(現在のパリ管弦楽団)の団員であり、また、1842年からはドープラの後任として音楽院の教授となりました。

 ギャレーは二重奏曲集をいくつか書いていますが、今回演奏する二重奏曲は「ホルンのためのメソード(Méthode pour le cor)op.54(1843)」に収められた全12曲のものの最初の4曲です。ちなみに今回の演奏会のチラシとプログラム表紙の絵は、そのメソードの中の「ホルンの構え方」の挿絵なのです。

 

H.ジムロック/2本のホルンのための二重奏曲集 より

Heinrich Simrock/Duos für 2 Hörner

 No.18. Allegretto No.5. Chasse  No.3. Andante  No.14. Chasse

 

   ハインリッヒ・ジムロック(1754-1839)はドイツのマインツに生まれたホルン奏者で、1800年の前にはパリに移り、ホルン奏者として活動するとともに音楽院で教鞭をとっています。兄で同じくホルン吹きのニコラウス・ジムロック(Nikolaus Simrock 1751-1832とともにベートーヴェンの「2本のホルンと弦楽四重奏のための六重奏曲 op.81b」を初演しています(訂正!:これは真偽が定かでなく、筆者の勘違いだと思われます。すいませんです)

 兄ニコラウスは有名な楽譜出版のSimrock社を1793年にドイツのボンで創業し、ハインリッヒも1802年にSimrock社のパリ支店を立ち上げ、フランスでのベートーヴェンの作品紹介に重要な役割を果たします。ちなみに兄ニコラウスはボンのケルン選帝侯マクシミリアンの宮廷楽団のホルン奏者でしたが、そこに入団してきたヴィオラ奏者であった若きベートーヴェン、フルート奏者のライヒャに出会い、交友関係を築いています。

 本日演奏する二重奏曲は、それぞれに18曲収められた2冊の曲集の第2集からの4曲で、初版は1802年ころにSimrock社から出版されました。楽譜の題名には「愛好家のM氏への作曲・献呈」と添えられています。

 

J.-F.ギャレー/4本の異なる調のホルンための大四重奏曲 op.26

Jacques-François Gallay/Grand Quatuor pour quatre cors en différent tons op.26

 1. Allegro con brio e risoluto  2. Andante con moto  3. Scherzo, Presto  4.Finale, Vivace

 

 1番G管、2番E管、3番D管(第2楽章はE管)、そして4番がC-basso管と、それぞれのパートが違う調(クルーク/ボーゲン)の楽器を使うように書かれています。それはしかし、ストップの音をなるべく避けるためではなく、むしろ積極的にストップの音をオープンの音色と混ぜたり、それぞれの管長の違いからくる音色の多様性を狙った手法をとっています。これはギャレーの師であるドープラの作曲法の流れを引き継ぎ、発展させているように見えます。

 また、この曲はロッシーニに捧げられています。ギャレーはイタリア座の音楽監督であったロッシーニと交友関係を持ち、親しくしたようです。全曲を通してロッシーニの作品のような軽妙さや、オペラの序曲や劇中の曲のような雰囲気も感じられるかもしれません。